2020年4月28日火曜日

人類総個人事業主計画

歴史から学ぶべきことは、人々が歴史から学ばないという事実だ。

ウォーレン・バフェットの言葉を思い出して、背筋の冷える思いをさせられることがある。TOO BIG TO FAIL の代名詞だった大企業が、いくつかの小企業に解体された話。親子上場が非難され、企業のslim化は不可逆現象。そんなことを経験した世代だ。

コロナ流行に伴うテレワーク移行の結果、東京23区やウォール街に本社を構えるような一流企業は今次々とビルを手放している。家を職場にできるなら勤務先は必要ないからだ。不動産ビジネスもかなり変わったな...と僕は後輩との電話打合わせの準備をしつつ、ネットニュースを読み進めた。

終身雇用・年功序列・労働組合、三種の神器の地盤沈下は水面下で始まっていた。トヨタだって終身雇用はもう限界と言っていた時代で、タニタは正社員制度廃止に動き、副業・兼業を推進した。内部留保への課税が永続的財源になると主張していた政治・経営学者も居た。その後しばらくして態度を変えたけど。

挑戦が無ければ発展も無い
古今東西色んな起業家が言ってきたけれど、人はやっぱり歴史から学ばないのだ。今起こっているのは 『ALWAYS三丁目の夕日』みたいな個人商店街の復活だ。終身雇用のサラリーマンが圧倒的主流の80年後半に、親族から借金して資本金1,000万で会社を作った父が、いつか来ると繰り返していた"1億総個人事業主時代"

政府は「人類総個人事業主計画」という政策を発表した。漢字が長い。

社員を常時雇って営業レバレッジに苦しむ必要はなく、案件ごとに集合・解散する経営方式が今の主流になりつつある。企業は固定資産を持たず、内部留保を吐き出さされることはない。安定を目的としない方が、意外と安定するという皮肉な現実。

Greed is Good、それは真理だ。でもそれは大企業を目指し規模を拡大し、稼ぐことじゃなく、自分を活かす手段を貪欲に広げるということ。今はSlim is Sexyかな...笑 何にでも対応できる身軽さが重要視される。キャッシュレスもこのまま進めば、そのうち現金さえお荷物になるだろう。


電話でのMTGは互いに要領を得ない感じで終わった。最近起業したばかりの後輩だ。

『こっちでラフ作りましょうか?先輩がやれば、あと百年かかりますよ』

…苛々してる。待ってと答えると既読スルーされた。ゆとりめ、少しは先輩を敬え。部下じゃないから大目に見るけどさ。僕と後輩の関係も、互いに「業務委託先」 後輩くんも本業があり、副業で時々僕を手伝う。互い法人同士の取引なので源泉徴収は払わない。気楽なもんだ。

気の短い自分がブチ切れる前に、ラフの進捗通知がクラウドでやってきた。昔はリプが早かったんですけど、歳ですね...と余計なコメントがついてきて

2020年4月20日月曜日

恋テック -アフターコロナの世界-


突然だが、僕はモテない。

『貴ちゃんはあれやね。いまどきの…何やったっけ。植物系?』「それ草食系やろ!」婚活エージェントを長年やっている遠縁のおばさんは、ずけずけと説教する。今回もそれだ。『男はもっとガツガツ行かな。そげなことやけ日本は年寄りばっかりて。最近の男はだらしなかけんね』

酷い。

しかしこのマシンガントークに反論したところでハチの巣にされると分かった僕は、苦笑いで誤魔化した。結局2時間喋り続けたのだが。

僕だって一生懸命働いている。ただし、2016年の超高齢社会の日本の地方で、仕事に打ち込む男には年頃の女性との出会いが非常に少ないというのも事実。

今、シリコンバレーの教会にいる。大学時代の友人が、ベンチャー企業で成功した挙句に美人と結婚するときた。親友の僕はここ数年彼女すら居ないのに。リア充爆発しろ。航空券わりかし高かったな…苦笑

「…で結局、どこで捕まえたんだよこんな美人」『いや、マッチングアプリで』「うわ、マジか」『お前古いんだよ。出身大学、職業だけじゃなくて、趣味や人柄、よく行く店のデータなんかもAIが判定して、相性のいい人を紹介してくれるんだから。今はデジタルツインでバーチャルデートもできるし。ビックデータくらい知っているっしょ?』

夜、教わったアプリを開いてみたが、英文の利用規約を読んでいるうちに頭痛がしたので断念。くそ…タイムマシン経営...日本でも流行るなこれ。婚活とテクノロジー、"婚テック"と名付けよう。

僕はふと思いついた。昔は親戚が多かったから、相手を紹介してくれる世話焼きばあさんには事欠かなかった。しかし逆を言えば、独身の異性の存在を「教えてくれる存在」が無ければ当時も出会いは少なかったということ。日本の少子化の原因は結婚・出産・子育てにかかるコストが高すぎることだ。生産性が低く、毎日残業の環境で相手を探すのは大変だ。

そして...2030年現在、人口減少時代に突入し人口1億人を割り込む瀬戸際に立たされた日本で、唯一出生率が倍増した町がある。『恋テック』をいち早く自治体で導入した北十州市だ。あなたの運命の人はここに居るかも!?のコピーで出会いを求める若者に登録を薦めた。更に、音声入力という簡素な事務手続きが人気に拍車をかけた。

市に移住したカップルには、趣味や行動範囲をもとに住居、銀行などを紹介。子供の学校や習い事のマッチングもしてくれる。フィンテックはもう死語だ。また、外出せずに出会いたい、無茶だが切実な要望にデジタルのアバターが応えたというわけ。

「やけんさ、今はAIが似合いの相手も探してくれるって。おばちゃんのやり方はちっと遅れとっちゃないと?」僕は久々に電話してきたおばさんに、少々自慢げに語った。『なんね、データマッチングやら10年前からやっとるばい。個人情報の規則…あれ、DDT?が厳しいけそげん言われんかったけど』

ん?ところでDDTって何だ?どうてぃ?じゃないよな?
「…ねえおばさん、もしかしてGDPRち言いたいと?」70過ぎのおばさんの口から、プライバシー保護の用語が出てきた事にショックを受けた。実はイノベーションは起きていたのだ。
草食系男子とか説教する前に教えてよ、おばさん…

2030年現在、やはり僕はモテない。

2020年4月18日土曜日

シン・選択と集中 -アフターコロナの世界-

「選択と集中、これが絶対だ」
組んだ指に顎を乗せ、見下した調子で僕を見上げた彼は間違いなくラスボスだった。ビジネススクールの教室での一コマだ。社会人大学院生しながら会社経営の入門者の僕に、先生はよほど言いたいことがあったらしい。どっかり座った彼の両脇には分厚い本が山と積まれていた。
「お母さんを見ていれば分かるだろう、餅は餅屋だよ。希代不二くん」ナポレオンとか孫子などを並べ立てた長口上の最初と最後、彼の言葉で覚えているのはそれだけだ。

うちは商売っ気の強い一家だ。父はバルブ屋、母は餅屋。僕は一つの家族が二つの会社を経営し、共存させる様子を見ながら大人になった。どっちも小さな会社だけど、歯を食いしばって金策なんかしなくても、必要経費と基本戦略、何より愛想さえ押さえていれば食っていけた。これが平成の後半に、アホな経営の見本のように言われる『多角経営』に分類されているとは、当時の僕には知る由もなかった。
先生!バルブと餅屋以外にも実はあと3つくらいビジネスあるんですけど・・・全部キャッシュカウです...なんて言えないな。

「一つの事業に集中しない上場会社は不透明で投資家が寄り付かない」「コングロマリット・ディスカウントって言葉知ってるか」「早くどっちか畳んで楽になれよ」 MBA とは"(M)まわりの(B)ビジネスを(A)ああでもないこうでもないと言う連中"の略だな、と思った。

現在、2030年。僕は苦しくなった近所の色々な会社を引き継ぎ、5つの会社を経営している。例の肺炎は世界中に広がり、その後も数か月ごとに流行と休眠期を繰り返した。死者は世界で数万人。そしてその影響で倒産した企業は数百万社。株式市場は主を無くして名義だけになった会社の共同墓地と化した。

サーベル一本じゃナポレオンだって戦えないのに、多くの会社は「選択と集中」を何の疑念も持たずにやってきて、そして正しく負けたのだ。僕の引き継いだ会社も昔からの家族の知り合いで、小ぶりに見えても売上は1億円は超え。ただ後継ぎが居なかっただけの、磨けば光る中小企業。

事業承継の相談を受けている最中にコロナが直撃し、対面営業だけでやってきたそれらの会社はすぐに傾いた。店の名前だけでも残してあげたかった僕は自分で事業を引き受け、吸収せずに別会社のまま経営し続けた。独自商品もノウハウも詰まった個性溢れる中小企業を、単一の上下関係に組み込んでしまうのはもったいなさすぎる。その異なる企業の個性が時には他の企業を助け、経営者としての僕はコロナ危機を生き残った。

この間、コロナ感染者の最後の一人が退院したとニュースで知った。新しい感染者が出ずに二週間経ったら、僕の原点の一つである母の餅屋での対面販売、再開してみようかな…と思っている。もちろん何人ものお客さんが密集すると危ないから、店の出入口にごく小規模で。

雑草のようなしぶとさと朝言っている事が夕方には変わる朝令暮改の柔軟性がファミリービジネス一家で身についた武器だ。たった一つのカッコいい武器なんて必要ない。剣に弓、小石にパチンコと何でも使って、この容赦ない現実を生き残る。

2030年、不確実性を加味し、小さな企業でも全く異なるビジネスを経営する企業が増えてきた。1つの事業に集中しすぎると、ビジネスリスクが高まるからだ。シン・選択と集中と呼ぶことにした。

そうそう、この間ちょっとスカッとする話があった。ビジネススクールから、僕に講演依頼のメールが届いたのだ。新時代の多角経営の先駆者として、そのノウハウを学生に話してほしい。推薦者は何と「餅は餅屋」と僕に説教したあの先生。講演料ははずんでくれるそうなので、今度会ったら言ってやろうと思う。

『餅はバルブ屋でしたね、先生』

#フィクション